Purveyance - 徴発権
イングランドの王様には、中世から徴発権なる大権があった。
国王大権Prerogativeのなかのひとつともいえるかな。
例えば、どこそこに行幸しよう。領地を見て回ろう。
そのときの移動に使う荷車、宿泊地での食糧、これを庶民から調達するのである。

現代風に再現してみよう。
〜ある肉屋にて〜
「主人はおるかぁ」
「これはこれはお役人様。どんな御用で」
「陛下が松坂牛3kgご所望じゃ」
「へへーっ。で、グラム2500円で、7万5000円になりますが」
「ナニゆうとんねんワレ。王室では牛肉はグラム50円と決められとるんじゃ」
「そ、そんな殺生な」
「見てみんかい。これが陛下の令状や」

「そんなん言わはっても、わし字読めませんがな」
「キサマ陛下に楯突く気か。そないにロンドン塔入りたいんやな」
「ひぇーっそれはご勘弁を」
「ほな、ええな。はよ肉出さんかい」
「へ、へえ…」
「よしよし。初めからおとなしく従うとればええんや。代金これな」
「せんごひゃくえん…」
国王大権Prerogativeのなかのひとつともいえるかな。
例えば、どこそこに行幸しよう。領地を見て回ろう。
そのときの移動に使う荷車、宿泊地での食糧、これを庶民から調達するのである。

現代風に再現してみよう。
〜ある肉屋にて〜
「主人はおるかぁ」
「これはこれはお役人様。どんな御用で」
「陛下が松坂牛3kgご所望じゃ」
「へへーっ。で、グラム2500円で、7万5000円になりますが」
「ナニゆうとんねんワレ。王室では牛肉はグラム50円と決められとるんじゃ」
「そ、そんな殺生な」
「見てみんかい。これが陛下の令状や」

「そんなん言わはっても、わし字読めませんがな」
「キサマ陛下に楯突く気か。そないにロンドン塔入りたいんやな」
「ひぇーっそれはご勘弁を」
「ほな、ええな。はよ肉出さんかい」
「へ、へえ…」
「よしよし。初めからおとなしく従うとればええんや。代金これな」
「せんごひゃくえん…」
続「ローマ人の物語」:歴史書のえらびかた
以前、塩野七生「ローマ人の物語」についてちょびっと書いたが、批判だけして選択肢を示さないのもアレだなと思い直したので、門外漢ながら紹介してみる次第です。ついでに、歴史書で地雷を踏まないための方法など。
厳密に攻めるなら
あたりだけど、これはいくらなんでも敷居が高い。そこで、
とかが手軽でわかりやすく、しかも学説を踏まえていていい。南川高志著の古代ローマ関係なら、ほぼ信頼していいと思います。
では、地雷とそうでない歴史書をどうやって見分けるか。
厳密に攻めるなら
あたりだけど、これはいくらなんでも敷居が高い。そこで、
とかが手軽でわかりやすく、しかも学説を踏まえていていい。南川高志著の古代ローマ関係なら、ほぼ信頼していいと思います。
では、地雷とそうでない歴史書をどうやって見分けるか。
SNPが勝っちゃった
時事通信によると、スコットランド国民党が第一党になったという。wikipediaでは民族党になってるけれど、国民党といったほうが正しいという見解もあって、私もこれに同意する。そもそもスコットランドも単一民族ではないんだし。ただしwikipediaで項目名について意見をいうと仁義なき闘いになりがちなもので、及び腰にもなってるところ。
それはともかく、独立支持な人が少数派なことは、時事のニュースでも触れられている。このまますんなりとはいかないと思うが、数年後には「イギリス」がなくなっているかもしれないねえ。
このあたりの事情や歴史については、松井理一郎「スコットランドの原点」がわかりやすくていいです。つっこんだ話は英語になるけど、Christopher A. Whatley, Derek J. Partick, The Scots And the Union, Edinburgh University Press, 2006
そういえば余談ながら、北アイルランドのプロテスタント過激派が武装解除を宣言したというニュースもあった。自分的には北アイルランド問題は「最後の宗教戦争」だったので、足かけ500年にわたった宗教戦争が、これでようやく終わるのかどうなのか。今後も色々と目が離せないようです。
ステュアート家の王たち
ハイポリティクスな話を一席。
17世紀のステュアート朝の王は4人いるが、チャールズ2世を除いて、いずれも評判は芳しくない。
絶対王政を布こうとしたってーことだけど、以前武田信虎のことで触れたような事情があるんじゃないかなあ、となんとなく思ったわけだ。
ジェームズ1世、チャールズ1世、チャールズ2世そしてジェームズ2世と続くステュアート家の王はスコットランドの出自である。このあたりが影響しているような、そんな印象を受ける。
スコットランドでは独立論が高まっている(北海道新聞の記事より)らしい。今に始まった話ではないけれども、歴史的確執は根強い。イングランド側としても、スコットランドを一段低く見る風潮があるようだ。
さて余談ながら、理屈でいくと、じゃあ絶対王政の件はどうなるのだということになる。この絶対王政という概念、これを再検討してみるのもいいかもしれない。現段階ではなんとなく思っているだけだけれど、教皇(法王だっけか)や聖職者に対する国内での王の優越、これを主張するためのものだったんじゃないか、そうゆう一面もあるんでないか、そんなことを漠然と思っているのでしたマル
17世紀のステュアート朝の王は4人いるが、チャールズ2世を除いて、いずれも評判は芳しくない。
絶対王政を布こうとしたってーことだけど、以前武田信虎のことで触れたような事情があるんじゃないかなあ、となんとなく思ったわけだ。
ジェームズ1世、チャールズ1世、チャールズ2世そしてジェームズ2世と続くステュアート家の王はスコットランドの出自である。このあたりが影響しているような、そんな印象を受ける。
スコットランドでは独立論が高まっている(北海道新聞の記事より)らしい。今に始まった話ではないけれども、歴史的確執は根強い。イングランド側としても、スコットランドを一段低く見る風潮があるようだ。
さて余談ながら、理屈でいくと、じゃあ絶対王政の件はどうなるのだということになる。この絶対王政という概念、これを再検討してみるのもいいかもしれない。現段階ではなんとなく思っているだけだけれど、教皇(法王だっけか)や聖職者に対する国内での王の優越、これを主張するためのものだったんじゃないか、そうゆう一面もあるんでないか、そんなことを漠然と思っているのでしたマル
第五王国派とアメリカ
おことわり:ただの読書めもです。ピューリタン革命もとい清教徒革命もとい三王国戦争もとい(中略)について。
大西・小野「「帝国」化するイギリス──17世紀の商業社会と文化の諸相」
で民主主義をとなえる共和思想が、対外膨張、植民地拡大を支持する思想という面を持っていたことは触れられていたけれども、さいきん本棚のコヤシになっていた岩井「千年王国を夢みた革命──17世紀英米のピューリタン」
で思ったことをば。
革命前、同じプロテスタントでありながらイングランド国教会とピューリタンは激しく対立していた。エリザベス以来の国教会は、プロテスタントとはいいながらも、カンタベリー大司教(主教だったっけか?)を頂点とする組織構成とか、カトリック的なところが少なくなかった。それにひきかえ大陸から入ってきたカルヴァンの流れを汲むピューリタニズムは、教会をお上が支配するのを闘争でひっくり返そうという好戦的思想だった。ようするにカトリック・プロテスタント折衷主義と、プロテスタント原理主義の争いでもあったわけだ。
さて、革命前、チャールズ1世が議会を開かずに親政を始めると、ピューリタンとしては面白くない。そこで経済的成功を求めて、あるいは信仰の自由をもとめて、アメリカ新大陸に渡ることになる。ピューリタンは新大陸でイングランド本土と連絡をとり合ったり、イングランドに向けて言論活動を繰り広げる。そして革命がおこると、議会側に参戦すべく再帰国したりする。ハーバード大学第1期卒業の9人のうち、7人がイングランドに戻っている。
まずここで、ピューリタン革命もとい(略)が、イングランドあるいはブリテン諸島の中だけで語れるものではないということが確認できる。まーそれ以外にもオランダの貿易独占に挑戦したり、対外的に色々やってるんだけどそのへんは
大倉正雄「イギリス財政思想史──重商主義期の戦争・国家・経済」
の第1-2章
あたりをご参照いただくとして、話を本筋に戻す。
前掲「「帝国」化するイギリス」の議論にもとづけば、共和思想は帝国拡大の思想でもあったわけで、そのあたりがアメリカに流れたことが、今のアメリカ、特に共和党の思想と、なんらかの関係があるように思えるわけだ。17世紀当時の千年王国思想は、ほかのすべての君主制をとる政体に対して攻撃的で、使命感とか拡大とか、そういうのに燃えてたわけだ。そのへんを結びつける議論ってないのかなー。あるけど知らないだけなんだろうな、たぶん…。
大西・小野「「帝国」化するイギリス──17世紀の商業社会と文化の諸相」
革命前、同じプロテスタントでありながらイングランド国教会とピューリタンは激しく対立していた。エリザベス以来の国教会は、プロテスタントとはいいながらも、カンタベリー大司教(主教だったっけか?)を頂点とする組織構成とか、カトリック的なところが少なくなかった。それにひきかえ大陸から入ってきたカルヴァンの流れを汲むピューリタニズムは、教会をお上が支配するのを闘争でひっくり返そうという好戦的思想だった。ようするにカトリック・プロテスタント折衷主義と、プロテスタント原理主義の争いでもあったわけだ。
さて、革命前、チャールズ1世が議会を開かずに親政を始めると、ピューリタンとしては面白くない。そこで経済的成功を求めて、あるいは信仰の自由をもとめて、アメリカ新大陸に渡ることになる。ピューリタンは新大陸でイングランド本土と連絡をとり合ったり、イングランドに向けて言論活動を繰り広げる。そして革命がおこると、議会側に参戦すべく再帰国したりする。ハーバード大学第1期卒業の9人のうち、7人がイングランドに戻っている。
まずここで、ピューリタン革命もとい(略)が、イングランドあるいはブリテン諸島の中だけで語れるものではないということが確認できる。まーそれ以外にもオランダの貿易独占に挑戦したり、対外的に色々やってるんだけどそのへんは
大倉正雄「イギリス財政思想史──重商主義期の戦争・国家・経済」
あたりをご参照いただくとして、話を本筋に戻す。
前掲「「帝国」化するイギリス」の議論にもとづけば、共和思想は帝国拡大の思想でもあったわけで、そのあたりがアメリカに流れたことが、今のアメリカ、特に共和党の思想と、なんらかの関係があるように思えるわけだ。17世紀当時の千年王国思想は、ほかのすべての君主制をとる政体に対して攻撃的で、使命感とか拡大とか、そういうのに燃えてたわけだ。そのへんを結びつける議論ってないのかなー。あるけど知らないだけなんだろうな、たぶん…。
一般向けの本たち
おすすめできる一般向け歴史書はなかなかない。とある人に聞いた話では、研究界が内向きというか、一般の人たちへの視線をあまり共有してないというか、そういうのがあるとかないとか。このへんに多少なりとも危機感はあるわけで、それは大書店の歴史コーナー見たりすると切実に感じるわけで。
ということで作ってみたのがインスタントストア「イギリス史のおすすめ書籍など」なるものである。よかったら見てやってくだされ。アフィってるのは本代の足しになればと思ってなのだがまったくもうかってないのでご心配なく(何が
ということで作ってみたのがインスタントストア「イギリス史のおすすめ書籍など」なるものである。よかったら見てやってくだされ。アフィってるのは本代の足しになればと思ってなのだがまったくもうかってないのでご心配なく(何が
サミュエル・ピープスがやって来た!
オックスフォードDNB、国民伝記事典と訳すのかな、というのがある。毎日ひとりずつ無料で読めるようになってるわけだが、ニューイヤーの今日はだれかと思ったら
サミュエル・ピープスきたー!
え、しらない?近世イギリス史では頻出ランクAな人です。日本語では
日記を残した当時の中流な人で、むふふで生々しい生活のさまが書かれています。たぶん一般の人でも読める歴史入門としてもいいと思う。チマタにはナンチャッテ歴史書が多いし、専門書は敷居高いしでおすすめものがなかなかないけど、こういうのから入るのもいいと思います。いきなり概説(通史)は多分たいへんです。
サミュエル・ピープスきたー!
え、しらない?近世イギリス史では頻出ランクAな人です。日本語では
日記を残した当時の中流な人で、むふふで生々しい生活のさまが書かれています。たぶん一般の人でも読める歴史入門としてもいいと思う。チマタにはナンチャッテ歴史書が多いし、専門書は敷居高いしでおすすめものがなかなかないけど、こういうのから入るのもいいと思います。いきなり概説(通史)は多分たいへんです。
ローマ人の物語
史学雑誌「回顧と展望」に、おっ、と思うところがあったので採り上げてみる。歴史学の研究抜きに歴史を語る例のささやかな事例のひとつかもしれない。これをどうこう批判するよりも、歴史学はどうあるべきか、立ち止まって考えてしまう今日このごろ。自分たちこそ正統だ!では済まされない何かがあるような。
塩野七生『ローマ人の物語』(新潮社)について一言しておきたい。多くの研究者のこの本に対する態度は、「あれは小説だからエンターテインメントとして読まれるぶんには結構」というものだろうが、書店や図書館ではこの本は歴史の棚に碗べられ、学生や市民講座の受講者から聞いたところでも、歴史書として読まれているようである。評者は既刊の全巻を通読してみたが、誤りや根拠のない断定が目に付き、ときには「聞き捨てならない」発言もある。この本のもつ影響力の大きさを考えれば、「あれは小説だから」で済ませてしまうのではなく、一度きちんと検証し批判すべきは批判する必要があるのではないだろうか。(史学雑誌115-5, p318)
歴史小説とかそういったのは、虚構をたくみに取り入れることでリアリティ・説得力をもたせることを是とする。歴史学ではタブーな方法である。とはいってもカタイ歴史学より歴史小説のほうがずっととっつきやすい。はてさて、この差をどう考えたものか。
歴史小説とかそういったのは、虚構をたくみに取り入れることでリアリティ・説得力をもたせることを是とする。歴史学ではタブーな方法である。とはいってもカタイ歴史学より歴史小説のほうがずっととっつきやすい。はてさて、この差をどう考えたものか。
アーサー王はサルマティアな人?
キング・アーサーなる映画では、アーサーと円卓の騎士たちはサルマタイという東欧出身の人という設定だった。そういう学説が実際に存在するというが、Oxford DNBを見るかぎりそういう話はいっこも出てこない。手持ちのとぼしい資料でも同様である。
アーサーについて最古の、史料として使える記録はウェールズで830年ごろ書かれたものだという。
サルマタイの話はどこから出てきたのか。
イギリスとアイルランドの仲はお世辞にもいいとはいえない。このあたりにヒントがありそうである。アイルランドは独立の過程でケルト文化を復興させたりした。
アーサーがいた当時のブリテンはケルト系のブリトン人で、いまのイングランドで主流のアングル人・サクソン人は侵入してきた外敵だった。
つまりは、イングランドな人にとって、歴史的英雄たるアーサーがアイルランドに近い存在だってのはけしからんってことじゃあるまいか。
都合のいい学説が政治的・商業的に利用されるのは歴史学に限ったことでもないらしい。こないだTVで、エイズはHIVウィルスによるものではないとかいう珍説をとなえた人がいて、その学説を支持した政治家がいたとかなんとか。
そーゆーこと言い出したらアーサーが英語しゃべるの自体が変だ、ってなるんだけどね…ま、娯楽映画だし、難癖つけるのもあれですかね。
アーサーについて最古の、史料として使える記録はウェールズで830年ごろ書かれたものだという。
サルマタイの話はどこから出てきたのか。
イギリスとアイルランドの仲はお世辞にもいいとはいえない。このあたりにヒントがありそうである。アイルランドは独立の過程でケルト文化を復興させたりした。
アーサーがいた当時のブリテンはケルト系のブリトン人で、いまのイングランドで主流のアングル人・サクソン人は侵入してきた外敵だった。
つまりは、イングランドな人にとって、歴史的英雄たるアーサーがアイルランドに近い存在だってのはけしからんってことじゃあるまいか。
都合のいい学説が政治的・商業的に利用されるのは歴史学に限ったことでもないらしい。こないだTVで、エイズはHIVウィルスによるものではないとかいう珍説をとなえた人がいて、その学説を支持した政治家がいたとかなんとか。
そーゆーこと言い出したらアーサーが英語しゃべるの自体が変だ、ってなるんだけどね…ま、娯楽映画だし、難癖つけるのもあれですかね。
いじめと「日本語の乱れ」の接点
いじめ自殺が最近、世間を賑わしている。キレる子ども、というのも以前あった。
さてそれとは別に、日本語の乱れがしばしば問題視される。敬語の使い方がなってないとか、なんでも微妙とか超とか(こういう語彙はもう古いのかもだが)つけたがったりとか、そういった現象?だ。
これら二つの問題に通底するのは、話し手の言語化能力と聞き手の汲み取る能力、特に前者なんじゃあないかと突発的に思ったので書いてみる次第である。
なお、推論に推論を重ねているので、眉唾でつきあってくだされ。
自分のいいたいことを正確にことばで表現できる人はそうはいない。大人でさえそうなのだから、子どもならなおさらだ。でも言いたいことのフラストレーションは溜まってゆく。これには聞き手の汲み取る能力が欠如していることも関係しているように思われる。いいたいことがあるならちゃんと言いなさい、というのは、聞き手が汲み取る努力を放棄して「字面通り聞くからおまえの側で100%の表現をしろ」という一面があるんじゃなかろうか。
会話が「ウザイ」とかいった乏しい語彙に収斂してしまうのは、同じ語彙を使うことによって特定の社会集団に属していることを表明するとともに、他に表現のしかたを知らない、という事情が背景にある。たぶん。
昔の人はことばを正確に使えたのだろうか。俄にそうとは思えない。ゆとり教育をワルモノにレッテルする言説じたいが、ボキャブラリーの乏しさを示している。言語能力がそこまで急速に低下したというよりも、いわゆる知識人以外の人たちの発言が注目されるようになった、市民権を得た、といったこともあるだろう。
さて、いじめ自殺の話に戻る。
いじめ(か何か)にあった知人が、相手に棒ヤスリをぶん投げた、という話を聞いた。命中したら大変なことになっていたろう。くわばらくわばら。いいたいことをうまく言葉にできない子どもは、いじめにあったとき、自殺かキレるか、という選択肢しかない。子どもの微妙な変化におとなの側が汲み取って、気付いて、つうのが本来求められることだけれども、どうも最近はそういう余裕がおとなにもないらしい。
単純にワルモノ化するのも考えものだけれども、規制緩和と自由競争がもたらした副作用なんじゃないかという気がしはじめている。
不満を抱えた子どもはいじめをする傾向がある、という研究をだれかがしていた。問題の根っこは見えつつある。そしてそれがとんでもなく困難な問題であるらしいということも。
さてそれとは別に、日本語の乱れがしばしば問題視される。敬語の使い方がなってないとか、なんでも微妙とか超とか(こういう語彙はもう古いのかもだが)つけたがったりとか、そういった現象?だ。
これら二つの問題に通底するのは、話し手の言語化能力と聞き手の汲み取る能力、特に前者なんじゃあないかと突発的に思ったので書いてみる次第である。
なお、推論に推論を重ねているので、眉唾でつきあってくだされ。
自分のいいたいことを正確にことばで表現できる人はそうはいない。大人でさえそうなのだから、子どもならなおさらだ。でも言いたいことのフラストレーションは溜まってゆく。これには聞き手の汲み取る能力が欠如していることも関係しているように思われる。いいたいことがあるならちゃんと言いなさい、というのは、聞き手が汲み取る努力を放棄して「字面通り聞くからおまえの側で100%の表現をしろ」という一面があるんじゃなかろうか。
会話が「ウザイ」とかいった乏しい語彙に収斂してしまうのは、同じ語彙を使うことによって特定の社会集団に属していることを表明するとともに、他に表現のしかたを知らない、という事情が背景にある。たぶん。
昔の人はことばを正確に使えたのだろうか。俄にそうとは思えない。ゆとり教育をワルモノにレッテルする言説じたいが、ボキャブラリーの乏しさを示している。言語能力がそこまで急速に低下したというよりも、いわゆる知識人以外の人たちの発言が注目されるようになった、市民権を得た、といったこともあるだろう。
さて、いじめ自殺の話に戻る。
いじめ(か何か)にあった知人が、相手に棒ヤスリをぶん投げた、という話を聞いた。命中したら大変なことになっていたろう。くわばらくわばら。いいたいことをうまく言葉にできない子どもは、いじめにあったとき、自殺かキレるか、という選択肢しかない。子どもの微妙な変化におとなの側が汲み取って、気付いて、つうのが本来求められることだけれども、どうも最近はそういう余裕がおとなにもないらしい。
単純にワルモノ化するのも考えものだけれども、規制緩和と自由競争がもたらした副作用なんじゃないかという気がしはじめている。
不満を抱えた子どもはいじめをする傾向がある、という研究をだれかがしていた。問題の根っこは見えつつある。そしてそれがとんでもなく困難な問題であるらしいということも。
本でみる文化の違い
洋書を購入した。
毎度のことながら、印刷状態は劣悪である。ページごとにインクの濃淡があったり、eの上半分がつぶれてたり、字が欠けてたり。日本でこういうことがあったら交換ものなんじゃあるまいか。

っつうか、日本の本の印刷状態が良すぎるんだろうか。本は読むものであって、べつに最高品質で印刷されていなければならない、なんてことはない。読めればそれでいいのだ。カバーなど、コストを上げるのみならず、資源の浪費て言っちゃあそうかもしれない。
本を読むだけのモノと割り切るか、それ以上の何らかの価値を見いだすか。ま、どっちが上とかそういう問題ではないんだろうな、きっと。異文化というやつか。
とはいえ、こういう洋書の感覚で牛肉を持ってこられると困るわけだが。
毎度のことながら、印刷状態は劣悪である。ページごとにインクの濃淡があったり、eの上半分がつぶれてたり、字が欠けてたり。日本でこういうことがあったら交換ものなんじゃあるまいか。

っつうか、日本の本の印刷状態が良すぎるんだろうか。本は読むものであって、べつに最高品質で印刷されていなければならない、なんてことはない。読めればそれでいいのだ。カバーなど、コストを上げるのみならず、資源の浪費て言っちゃあそうかもしれない。
本を読むだけのモノと割り切るか、それ以上の何らかの価値を見いだすか。ま、どっちが上とかそういう問題ではないんだろうな、きっと。異文化というやつか。
とはいえ、こういう洋書の感覚で牛肉を持ってこられると困るわけだが。
イギリス史上の悪役
悪役の話がでてきたので、イギリス史のなかでの悪役について列挙してみる。カトリックな人は、無条件で悪役である。
(1)ジェームズ2世。「カトリック絶対王政を布こうとした専制君主は、英雄オレンジ公ウィリアムによって打ち倒された」ということだ。

ジェームズ2世
(2)アンリエッタ・マリア。夫のチャールズ1世に誤った進言を繰り返し、内乱(清教徒革命)をひきおこしたということになっている。

アンリエッタ・マリア
(3)メアリ1世。プロテスタント弾圧を繰り返し、「流血のメアリ」とよばれた。カクテル「ブラディ・マリー」のもとになっている。

メアリ1世
残念ながらこういう偏見は、いまでも残っている。特にイギリス史が日本に紹介された19世紀中ごろ〜後半にかけてはホイッグ史観の絶頂期で、こういう人たちも悪役として紹介されたわけだ。それを受け入れてのち、日本のイギリス史研究は、特定の人物の研究はあまりせず、経済史・社会史・宗教史・帝国研究とかそういう方向の研究を蓄積してきた。悪役像に疑問符を投げかける日本語文献はなかなかない。
ま、今の日本と同じく、こういった歴史上有名な人物のイメージに関わる問題はイギリスにおいても政治思想あたりとつながっていなくもないようだけれど。
(1)ジェームズ2世。「カトリック絶対王政を布こうとした専制君主は、英雄オレンジ公ウィリアムによって打ち倒された」ということだ。

ジェームズ2世
(2)アンリエッタ・マリア。夫のチャールズ1世に誤った進言を繰り返し、内乱(清教徒革命)をひきおこしたということになっている。

アンリエッタ・マリア
(3)メアリ1世。プロテスタント弾圧を繰り返し、「流血のメアリ」とよばれた。カクテル「ブラディ・マリー」のもとになっている。

メアリ1世
残念ながらこういう偏見は、いまでも残っている。特にイギリス史が日本に紹介された19世紀中ごろ〜後半にかけてはホイッグ史観の絶頂期で、こういう人たちも悪役として紹介されたわけだ。それを受け入れてのち、日本のイギリス史研究は、特定の人物の研究はあまりせず、経済史・社会史・宗教史・帝国研究とかそういう方向の研究を蓄積してきた。悪役像に疑問符を投げかける日本語文献はなかなかない。
ま、今の日本と同じく、こういった歴史上有名な人物のイメージに関わる問題はイギリスにおいても政治思想あたりとつながっていなくもないようだけれど。
Portal:歴史学
ウィキペディアにPortal:歴史学を立ち上げてひと月あまり経った。
当初は徹夜の勢いでやっちまってどうしようとか思ったが、ちょっとずつ人が集まってきてくれた。うれしいです。

同じことをくりかえすようだけれど、ウィキペディアで歴史っていうと、政治史+戦史で終わりという感がある。ウィキペディアに限ったことでもないかな。これはクーン以前の、50年ばかり前の歴史の考え方ではあるまいか。
…いや、いかん。そういうモノの言い方じたいが進歩主義的か。
当初は徹夜の勢いでやっちまってどうしようとか思ったが、ちょっとずつ人が集まってきてくれた。うれしいです。

同じことをくりかえすようだけれど、ウィキペディアで歴史っていうと、政治史+戦史で終わりという感がある。ウィキペディアに限ったことでもないかな。これはクーン以前の、50年ばかり前の歴史の考え方ではあるまいか。
…いや、いかん。そういうモノの言い方じたいが進歩主義的か。




